大野城跡

白村江の戦いに敗れた古代日本は、唐からの侵攻に備えるために、
大宰府政庁を内陸に移し、政庁を防衛する城を築きました。
その一つが大野城跡です^^

大野城全図

大野城跡は太宰府市・糟屋郡宇美町に跨る四王寺山全体を城域とします。

スタンプ

日本百名城の一つに選定されており、
福岡県民の森の管理施設の入口にスタンプが置かれています^^

それでは、城門から大野城に参りましょう!

大宰府口城門跡

大宰府口城門跡石垣

大宰府からはこの門をくぐって入城しました。
石垣は千四百年近くも前に積まれたものですが、
長い時間を経た現在も往時の姿を見せてくれています!

土塁

大野城は外壁を土塁や石垣で囲っており、その全長はなんと8㎞でございます。
国家レベルで建設された城ということもありますが、これだけの労力を費やすところから、
大宰府政庁がいかに重要な拠点であったかがよくわかります(゚д゚)

太宰府市街

土塁は山の尾根のように張り巡らされているので、
土塁上から眺望を楽しむこともできます^^
青い建物の九州国立博物館など、太宰府市街を見渡すことができます。

焼米ヶ原入口

芝生が敷かれています^^
城内にはのんびりとくつろげる空間も広がっています。

焼米ヶ原案内板

焼米ヶ原

城内には籠城に備えるために、大量の食糧庫や武器庫などがございました。
今のところ、約70棟もの建物跡が見つかっています!
それもそのはず、籠城する際には役人や兵士だけではなく、
在郷の住民もともに籠城することを想定したからです((((;゚Д゚)))))))

こうして見ていると、戦国時代に築いた城とは異なる考え方で
大野城が築かれていることを気づかされます。
同じ城でも時代が変わるとこうも違うのか、と…本当に面白いものです。

車道に出て、宇美町側にしばらく下ると、長大な石垣を見つけることができます。

百間石垣と川

百間石垣

百間石垣近景

これは百間石垣というもので、大野城跡で最大の石垣でございます!
壁のようにそそり立つ様は、まるで万里の長城のようです。
百間というのは長さのことで、約180mもあるようです。

これだけ高く長い石垣が、崩落せずに1400年近くも城の防備に務めておりますが、
それほど丈夫に築き上げた古代の人々の技術に驚きを隠せませんでした…

■スポットはこちら
・四王寺県民の森

いつも遊びに来ていただき、ありがとうございます^^

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コメント

大宰府政庁跡地に行って、
きっと天智天皇や天武天皇が
この廊下のところを歩いたんだ…
などイメプレするほどに
飛鳥後期~奈良前期あたりの歴史が好きです♪

白村江の戦いで勝てるつもりで挑んだのに
大敗で焦ったんですよね、、、天智天皇。。。
とにかく防衛に力をかけたんですよね、きっと。

Re: タイトルなし

> 大宰府政庁跡地に行って、
> きっと天智天皇や天武天皇が
> この廊下のところを歩いたんだ…
> などイメプレするほどに
> 飛鳥後期~奈良前期あたりの歴史が好きです♪
>
> 白村江の戦いで勝てるつもりで挑んだのに
> 大敗で焦ったんですよね、、、天智天皇。。。
> とにかく防衛に力をかけたんですよね、きっと。

私もよくイメプレを行っています^^
遺跡を訪れると、往時の姿を思い浮かべて、
タイムスリップしたような気分を味わえますよね

防衛に力をかけなければ、日本が滅ぶ
そう感じさせるほど、白村江の唐・新羅連合軍が強かったのでしょうね…

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