中間の水門とポンプ

遠賀川を下流に進むと、やがて直方(のおがた)平野に出ます。
直方からさらに下ると木屋瀬(こやのせ、北九州市八幡西区)を経由して
中間(なかま)に入ります。
中間はかつては石炭産業で栄え、
石炭産業が衰退した後は北九州市のベッドタウンとして発展しました。


(中間は茶色のマーカー)

遠賀川と中間市街

かつて遠賀川は氾濫の多い川であり、
かんがい用水と使用していた周辺の農民はよく困らされていました。
(…と言うのも河口からの高低差が小さいため、
川の水が中々響灘に注ぎ込まれないからなんです)

江戸時代に入ると遠賀川の治水工事の機運が高まり、
遠賀川から洞海湾まで堀を掘削することでかんがい用水を調整し、
洪水から農地を守ろうとしました。

平時は堀を伝って周辺地域に水を供給水量調整を、
洪水発生時は堀を伝って町や農村が氾濫に巻き込まれないために止水を
行うために水門を設けました。

唐戸の水門1

唐戸の水門2

この堀や水門を作ったことによって、遠賀川の氾濫被害はかなり減ったのでしょう。
さらに町や農村に恵みを与えたのでしょう。
現在は古ぼけてしまったような建物ですが、
私たち子孫に恵みをもたらした血と汗の結晶なのです。
いつまでも、大切にしたいものですね^^

中間市役所

水門から北へ向かうと役所があります。
役所の上部には…世界遺産の紹介が(°_°)

なかっぱくん

こちらも世界遺産の紹介が(°_°)
中間市は世界遺産を押してますね~

それで、あまりにも押されちゃったので、押しの弱い僕は行ってみました笑

遠賀川源流ポンプ2

遠賀川源流ポンプ1

なんでも官営八幡製鐵所の工業用水や
八幡市民(現在の北九州市八幡東区・八幡西区)の飲用水として用いるために、
このポンプ施設がもうけられたそうです。
明治時代に建てられたのですが、現在も現役稼働中らしいです((((;゚Д゚)))))))
(詳細はこちらをご覧くださいませ)
100年以上経っても現役稼働できる施設を建築した技術力…感服の一言です…

時が流れても、いつまでも恵みをもたらしてくれる水門とポンプ施設。
建設は死闘だったのでしょうが、このようにいつまでも私たちに恵みをもたらしてくれることが、
本当に素敵なことだと思いました^^


◆今回はこちらに参りました^^
中間唐戸水門

いつも遊びに来ていただき、ありがとうございます^^

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コメント

No title

こんばんは^^
昔の土木遺産は、現在では明瞭な
形はなかなか残っていないのですが、
当時の状況を想像しながら見て回るのは
楽しいものですよね^^
当時の人達の努力のおかげで現在の
我々の生活が成り立っていることは
間違いないと思いますね^^

Re: No title

テン3さん

こんばんは^^
先人たちが築き上げた土木遺産を見た時に、
製作に懸けた想いや苦労を想像し、
長い時を経て目の前に現れたことに対して
感動を味わってしまいます。

そんなものだから、
城などの歴史的な建築物をよく見に行っています^^

> こんばんは^^
> 昔の土木遺産は、現在では明瞭な
> 形はなかなか残っていないのですが、
> 当時の状況を想像しながら見て回るのは
> 楽しいものですよね^^
> 当時の人達の努力のおかげで現在の
> 我々の生活が成り立っていることは
> 間違いないと思いますね^^

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