一夜城伝説と益富城跡

一夜城伝説


お久しぶりです。まつもんです^^
最近ちょっと忙しく?て、更新をおろそかにしておりました^^;
さて、本日は地元のお祭りについて紹介しようと思います。

一夜城のぼり

一夜城―
恐らくイメージするのは、織田信長の家臣・羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)が、
美濃(岐阜県)を責める為に築いた、墨俣の一夜城ではないでしょうか。
実際には一夜で築いた訳ではないのですが、秀吉の機知を称えるお話として、現在も語り継がれています^^

豊臣秀吉
△豊臣秀吉の肖像画

さて、その一夜城なのですが、
実はここ嘉麻市大隈(おおくま)の益富山にも築いたという伝説が残っています。

安土桃山時代―
四国の長宗我部氏を下した羽柴秀吉は、天下統一するために九州に軍を向けます。
いわゆる九州征伐です。
九州では薩摩国(鹿児島県薩摩地方)の島津氏が勢力を拡大しており、羽柴軍に対抗する姿勢を見せていました。
その島津氏に従属していた大名の一人に、秋月種実がいました。
秋月種実は秋月(朝倉市)に城を持ち、朝倉地方・筑豊地方などを支配していた大名でした。

九州征伐が始まると、破竹の勢いで羽柴軍は侵攻します。
種実は島津氏が援軍に来るまで持ちこたえる為に、支城の益富城を破壊して、
難攻不落の古処山城にこもりました。

古処山

これを見た秀吉は、一計を案じます。
大隈の町の住民に障子やふすま、畳などを用意させ、張りぼての城を築きました。
また、夜になると一斉に住民に対してかがり火を焚かせました。

ライトアップ益富城跡遠景
△この時期だけ出現する張りぼてのお城

大隈は秋月街道と日田往還が交差する場所に位置するため、
古くから争奪戦の的にあったそうです^^;

国境にも近いため、江戸時代初頭に再整備され、
黒田長政の家臣・後藤又兵衛母里太兵衛を城主に据えたそうです。
軍師官兵衛では塚本高史さんともこみちさんでしたね^^

益富城跡登り口

さて、この入り口から登っていきます。

車道

ずーっとまっすぐ

志岐神社

途中忘れられたかのように、ひっそりとたたずむ神社があります。
近くには水が僅かに流れる滝も…
ちょっとここで一休み^^

駐車場

急な坂を上ると、駐車場に到着!

別曲輪跡

車を置いて、元来た道に進むと別曲輪跡があります。
城によくある防衛拠点の一つです^^

益富城跡入口

本丸へという案内板があるので、素直にこちらに進みます^^

もう一つの駐車場

しばらくすると二手に分かれる道が…!
右手に行くとちょっとした広場になっていて、車を停めることもできるとかできないとか…
この広場の先には

崩落した石垣

崩落した石垣がたくさんあります^^;
一国一城令によって廃城となった城は、島原の乱の後に、
一揆軍の拠点とならないように、徹底的に破壊されました。
この石垣は、その時に破壊されたものだと思われます。

踊り場

さて、先ほどの二手に分かれる道で左手の階段を進むと、踊り場では

畝状竪堀

畝状竪堀2

空堀跡

山の斜面に沿って造られた畝状竪堀跡や空堀跡を見ることができます^^

益富城跡1

さらに上ると

益富城跡二の丸2

到着します!
きちんと整備されているうえに広いです^^

益富城跡搦手口

左手にあるのが搦手口だそうで、今来た道はどうやら元々城の入口ではなかったよう
ただ搦手口から城に入ろうとすると、あまりにも勾配が急なので…整備された楽な道を選びました笑

益富城跡二の丸

この辺は二の丸で、奥には本丸や大手門跡があるのですが――――

立ち入り禁止

祭りの準備で張りぼてのお城を築いており、危ないため、
立ち入り禁止区域になってました^^;

ちなみにお祭りは12日、13日の二日にわたって催されます^^
お城が見れるのもこのお祭りの日までなので、ぜひぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

■本日紹介したスポットは、嘉麻市の益富城跡です^^



いつも遊びに来ていただき、ありがとうございます^^

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コメント

No title

おはようございます^^

ハリボテのお城でも遠くから見ると、
立派なライトアップに見えますね~。
そういうところを巧みに利用した秀吉、
やはり歴史に残る大人物ですね^^

お城へのアクセスも大変そうで、難攻不落と
言われる理由がわかるような気がします。
ブラタモリでもたまに紹介されていますが、
お城の立地や防御には自然の地形を本当に
よく利用している場合が多いですよね^^

No title

昔はすべて人力でしたからね、自然の地形を最大限利用していたのは当然かもしれません。しかし、「なぜ」こんなところに建てたのかという問いかけをして、自分で考えたりすると、中々楽しかったりします^^

秀吉もそうですが、加藤清正や藤堂高虎も築城の名手として名高いですね。築城主によって個性が出るところもまた、面白いです^^

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