【九州の箱根】石畳が残る冷水峠

冷水峠の開通※もちろん偽物です^^;江戸時代に入ると、徳川幕府は諸大名に対し、街道の整備を命じました。街道を整備させることで諸大名の力を削ぎ、また有事の際にできるだけ早く幕府軍を移動させるためだと思われます。福岡藩初代藩主・黒田長政は冷水峠(ひやみずとうげ)を開通させ、長崎街道の宿場町を整備しました。それまで小倉から長崎・鹿児島へ行くためには、険阻な金辺峠や八丁峠を越えなければなりませんでした(秋月街道...

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癒しとパワーを与える行者杉と行者の径

行者杉を巡る朝倉郡東峰村の小石原地区―小石原焼で有名なこの地区では、かつて修験道の霊場が開かれ、修行に励む山伏がいました。そんな山伏たちが身を清める行(→滝に打たれるとか、冷水に浸かるとか、そんな修行だと思います)を行った際に、杉を挿し穂をし、数百年の時を経て杉の巨木群となったのが、この行者杉です^^見上げてみると、気が遠くなるように高い杉がずらりと並んでいることがわかります。樹齢600年とありますので、...

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【険道】狭すぎ!かんかけ峠【走行注意】

福岡県道70号田主丸黒木線先日発心山に行った私、まつもんですが、その中で触れた、福岡県道70号田主丸黒木線。久留米市田主丸町と八女市黒木町をつなぐ主要地方道です。しかし、発心山のある耳納連山を越える区間が大変険しいのです…本日はアホなことに下調べをせずに、この険しい道を通った自分への戒めも含めて(笑)、この福岡県道70号田主丸黒木線について記事にさせていただきます^^;険しすぎる!かんかけ峠田主丸町はフルーツ...

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【絶景】筑後平野を見下ろす発心山と発心城跡

発心山と草野氏筑後平野の南側に連なる耳納連山(みのうれんざん)。その中、久留米の東部・草野町の南側に、標高698mの発心山(ほっしんざん)があります。なだらかに西に向かって低くなる耳納連山に反発するかのように、僅かに逆三角形になっています。発心山の麓には発心公園があります。かつてはこの発心公園の場所に館を構え、約400年もの長い間草野一帯を支配した豪族がいました。草野氏です。草野氏は源平合戦で源氏に味方した...

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元寇防塁~松原に埋もれた石たち~

元寇防塁築造の背景鎌倉時代―海外ではモンゴル帝国が世界各国を侵略し、東は中国北部や朝鮮、西はヨーロッパまで支配する世界最大の帝国となりました。モンゴル帝国の五代皇帝・クビライは、中国南部の国家・南宋を襄陽・樊城の戦いで破ると、日本侵攻を決行します。これが文永の役と呼ばれる、第一回目の元寇です。△クビライの肖像画三万人とも言われているモンゴル軍は対馬、壱岐では勝利するものの、博多では武士たちに敗退し、...

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平家一門を祀った社・水天宮

筑後川と水天宮の起こり九州最大の大河・筑後川。その流域は熊本・大分・佐賀・福岡の4県にまたがります。久留米では、その筑後川のほとりに大きな神社があります。水天宮です^^日本全国に水天宮がございますが、その総本山の水天宮でございます。水天宮の起こりは平安時代までさかのぼります。平安時代末期、壇ノ浦の戦いに敗れた平家一門は次々と海に身を投げていきました。時の帝・安徳天皇も海に身を投げ込み、僅か6年という短...

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大宰府政庁と古代城

大宰府と古代城西暦663年、日本は白村江の戦いで大敗し、朝鮮半島における影響力を完全に失うことになりました。そこで大和朝廷は唐(中国)からの侵略を想定し、博多にあった九州を統括する行政府(大宰府)を守りやすい内陸に移すことになりました。やがて九州以外の大宰府は廃止され、大宰府は九州を統括する行政府を指すようになりました。大宰府が廃止されたのちも地名は残り、今日の太宰府につながっています。大宰府政庁跡(だざ...

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学問の神様・道真公を巡る旅

学問の神様・道真公を巡る旅学問の神様・菅原道真(すがわらのみちざね)公。学問を修める学者の家系に生まれた道真公は、その家系の中でも稀代の天才ぶりを発揮し、なんと6歳で素晴らしい和歌を作ったといわれています。その後紆余曲折を繰り返しますが、時の帝・宇多天皇に認められ、重用されるようになります。見事に出世し、遂に右大臣(国家No3の実力者)にまで上り詰めます。しかし宇多天皇が退位され、その子醍醐天皇が即位する...

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渡来人が住み着いた銅の街

渡来人が住み着いた銅の街田川郡香春町。銅鉱山に恵まれたため、精銅技術を持つ渡来人が住み着き、銅の街として栄えました。香春神社(かわらじんじゃ)  精銅技術を伝えた渡来人によって建立されたと考えられる香春神社。新羅(朝鮮半島にあった古代国家)の神を祀っています。河原にこの新羅の神が住み着いた(→河原に渡来人が住み着いたということか?)ため、香春(かわら)という地名が起こったとされています。詳しくは本ブログ...

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和布刈公園~関門海峡と下関・門司を見渡せる公園

関門海峡を臨む和布刈(めかり)公園本州と九州を隔てる関門海峡。多くの船がこの海峡を行き来しています。潮の流れによって船の行き来する方向が決まっているのでしょうか、午後の関門海峡ではすべての船が西から東に向かっています。ここ、北九州市門司区の北端にある和布刈公園では関門海峡はもちろん、門司や下関の街も見渡すことができます^^門司市街です。門司港レトロ地区も見渡せます^^関門大橋と下関市街です。わずか600m...

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