今も現役!朝倉の三連水車

朝倉市の朝倉地区北側に古処山地、南側に耳納連山を臨み、その間を流れる筑後川に沿って平地が広がり、農村地帯となっています。農村では昔の面影が多々残っていますが、その中でも朝倉の三連水車の景観は素晴らしいと感じたで、本記事にて紹介いたします^^朝倉の三連水車公園では、休日になると子供たちの遊び場としてにぎわっています^^その公園の一角に、銅製の三連水車が動いています。こちらはモニュメントのようで、公園開...

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三菱飯塚鉱巻き上げ機台座

筑豊地方はかつて、産炭地としてにぎわった地域でした。かつて4万人もの人口を抱え、日本一人口の多い村として話題となった嘉穂郡穂波村も、三菱や住友などの大手財閥が経営する炭鉱をはじめ、様々な炭鉱を持つ産炭地として発展しました。日本で主に使われるエネルギーが石炭から石油に変化し、石炭産業の衰退とともに街も寂れていきましたが、現在もなお産炭地の栄華の様子を伝えている遺構がございます。その一つが、飯塚市平恒...

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一夜城伝説と益富城跡

一夜城伝説お久しぶりです。まつもんです^^最近ちょっと忙しく?て、更新をおろそかにしておりました^^;さて、本日は地元のお祭りについて紹介しようと思います。一夜城―恐らくイメージするのは、織田信長の家臣・羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)が、美濃(岐阜県)を責める為に築いた、墨俣の一夜城ではないでしょうか。実際には一夜で築いた訳ではないのですが、秀吉の機知を称えるお話として、現在も語り継がれています^^△豊臣秀吉の肖像...

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【九州の箱根】石畳が残る冷水峠

冷水峠の開通※もちろん偽物です^^;江戸時代に入ると、徳川幕府は諸大名に対し、街道の整備を命じました。街道を整備させることで諸大名の力を削ぎ、また有事の際にできるだけ早く幕府軍を移動させるためだと思われます。福岡藩初代藩主・黒田長政は冷水峠(ひやみずとうげ)を開通させ、長崎街道の宿場町を整備しました。それまで小倉から長崎・鹿児島へ行くためには、険阻な金辺峠や八丁峠を越えなければなりませんでした(秋月街道...

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古代の入国管理局・鴻臚館

まつもんは今日も忙しいらしく、遊んでくれない。人間というものはいつも忙しくしているが、なぜもっとゆっくり生きないのだろうか。ただでさえ短い命を忙しく生きたところで、一体何になるのだろうか。まあよい。人間が忙しく生きたところで、吾輩には関係のないことだ。することもないので吾輩は寝ることにする…はっ…!ここはどこだ…なんか草原があるぞ建物があるぞ…一体ここは…何かの声「聞こえるか、とら。ここは鴻臚館(こうろ...

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